なぜ障がい者支援は社会全体の課題なのか?エピソードで紐解く

駅のホームで、車椅子を使用している方が困っているのを見かけたことはありませんか。

あるいは、視覚障がいのある方が点字ブロックの上に置かれた看板を避けて歩いている場面に出会ったことはないでしょうか。

私たちの日常に、実は多くの「気づき」が隠れています。

15年以上、障がい者支援の現場で働いてきた経験から、私は確信を持って言えることがあります。

それは、障がい者支援は決して特別なことではなく、私たち一人一人の生活に深く関わる社会全体の課題だということです。

今回は、現場で出会った方々のエピソードを交えながら、なぜ障がい者支援が社会全体で取り組むべき課題なのか、そして私たち一人一人にできることは何かを考えていきたいと思います。

障がい者支援が社会全体の課題である理由

日常生活に潜むバリアの現実

「森川さん、また同じ場所で困っている人がいたんです」

支援施設で働く田中さん(仮名)からこんな報告を受けたのは、ある雨の日のことでした。

駅の改札を出てすぐの場所に設置された自動販売機。

一見何の問題もないように見えるその場所で、車椅子を使用している方々が度々立ち往生していたのです。

なぜでしょうか。

実は、その自動販売機の設置によって通路が狭くなり、車椅子が曲がりきれなくなっていたのです。

このような「見えないバリア」は、私たちの街のあちこちに存在します。

駅のエレベーターが遠回りを強いられる位置にあることや、段差の解消が不十分な公共施設、音声案内のない信号機など、健常者には気づきにくい課題が山積しています。

特に印象的だったのは、ある視覚障がいの方からいただいた言葉です。

「人々の優しさはとてもありがたい。でも、本当に必要なのは、最初から使いやすい環境づくりなんです」

この言葉には、深い意味が込められています。

一時的な手助けも大切ですが、社会全体のデザインを見直し、誰もが自然に暮らせる環境を整えることこそが、本質的な課題解決につながるのです。

経済・教育における影響

障がい者支援が社会全体の課題である理由は、日常生活のバリアだけではありません。

経済活動や教育の場面においても、重要な課題が存在します。

2021年の調査によると、民間企業における障がい者雇用率は2.2%となっています。

法定雇用率の2.3%には届いていないものの、着実に上昇を続けているこの数字。

しかし、単に数字を追うだけでは、本質的な課題解決にはなりません。

「就職はできたものの、職場での理解が十分でなく、結局退職せざるを得なかった」

これは、ある精神障がいのある方から聞いた言葉です。

企業側の受け入れ体制の整備、働き方の柔軟な調整、そして何より職場全体での理解の醸成が不可欠です。

教育の現場でも同様の課題が見られます。

特別支援学校と一般の学校の交流が限られている現状や、インクルーシブ教育の理念と実践のギャップなど、解決すべき問題は少なくありません。

ある教育関係者は、こんな言葉を残しています。

「子どもたちは、自然に互いを受け入れる力を持っています。大人たちが作る『壁』が、その力を阻んでいるのかもしれません」

この言葉は、私たち大人社会への重要な問いかけとなっています。

支援の本質とは、特別な配慮を施すことではなく、誰もが自然に共生できる社会の仕組みをつくることなのです。

現場から見る支援の現実

支援施設でのエピソード

15年間の支援施設での経験の中で、私が最も深く心に刻んでいる出来事があります。

私が以前勤務していたあん福祉会での支援活動を通じて、多くの貴重な経験を積むことができました。

それは、重度の身体障がいのある山田さん(仮名)との出会いでした。

当初、私は「支援する側」という意識が強く、必要以上に手を差し伸べようとしていました。

しかし、山田さんはある日、静かにこう言いました。

「森川さん、私にもできることはたくさんあるんです。まずは、私の声を聞いてください」

この言葉は、私の「支援」に対する考え方を大きく変えました。

支援とは、一方的に「与える」ものではありません。

互いを理解し、対話を重ねながら、共に解決策を見出していくプロセスなのです。

支援の現場では、日々さまざまな課題に直面します。

人手不足や設備の問題、制度上の制約など、課題は山積みです。

しかし、最も大きな課題は、実は私たちの「意識」の中にあるのかもしれません。

「できない」ことに目を向けるのではなく、「どうしたらできるか」を共に考える。

その視点の転換が、支援の質を大きく変えていくのです。

支援の中で育まれる希望

「私の夢は、パン屋さんを開くことです」

知的障がいのある佐藤さん(仮名)が、支援施設での職業訓練の際に語ってくれた言葉です。

一般的な就労が難しいと考えられていた佐藤さんですが、施設のスタッフや地域の人々の支援を受けながら、少しずつその夢に向かって進んでいきました。

3年後、佐藤さんは小さなパン販売所を持つことができました。

週に2日、地域の朝市で焼きたてパンを販売する。

そんな小さな一歩が、地域の人々との新たなつながりを生み出しています。

「佐藤さんのパン、いつも楽しみにしているのよ」

常連のお客さんからそんな言葉をかけられる度に、佐藤さんの表情が輝きます。

このような小さな成功体験は、支援の現場で日々生まれています。

その一つ一つが、社会の見方を少しずつ変え、新しい可能性を開いていくのです。

特に印象的なのは、当事者の方々の声が社会を動かしていく場面に立ち会えたときです。

ある自治体では、障がい者の方々の意見を積極的に取り入れた結果、公共施設のバリアフリー化が大きく進展しました。

「私たちの声を聞いてもらえる。それだけで、大きな一歩です」

その言葉には、支援の本質が込められているように感じます。

支援とは、決して一方通行のものではありません。

支援する側と支援される側が、互いに学び合い、成長し合う関係性の中で、新しい価値が生まれていくのです。

海外の事例から学ぶ、日本の可能性

包括的支援の成功例

2019年、私はスウェーデンのストックホルムを訪れる機会がありました。

そこで目にしたのは、障がいの有無に関わらず、誰もが自然に共生している街の風景でした。

特に印象的だったのは、公共交通機関の在り方です。

バスや電車は全てがバリアフリー設計。

さらに、運転手から乗客まで、障がいのある方への自然なサポートが当たり前のように行われていました。

「これは特別なことではありません。誰もが快適に暮らせる環境づくりは、社会の基本的な責任なのです」

現地のソーシャルワーカーの言葉が、今でも心に残っています。

一方、カナダのバンクーバーでは、地域主導型の支援モデルが成功を収めています。

地域住民が主体となって運営する「コミュニティサポートセンター」では、障がいのある方々が自らのスキルや経験を活かして、地域活動に参加しています。

「支援される側」から「地域の担い手」へ。

この役割の転換が、共生社会への大きな一歩となっているのです。

日本における実践への応用

では、これらの海外事例は、日本でどのように活かすことができるでしょうか。

まず重要なのは、法制度と現場の連携強化です。

2016年に施行された障害者差別解消法は、大きな一歩となりました。

しかし、法律の存在を知らない人も多く、実効性には課題が残ります。

ある行政職員はこう語っています。

「制度を作るだけでなく、それを地域の実情に合わせて『翻訳』し、実践していく仕組みが必要です」

実際、日本の各地でも、興味深い取り組みが始まっています。

例えば、ある地方都市では、障がい者支援施設と地域の商店街が連携し、定期的な交流市を開催。

これは単なるイベントではなく、日常的な関係性を築くきっかけとなっています。

文化の違いを超えて、その地域ならではの支援のかたちを創造していく。

それこそが、真の意味での「日本型支援モデル」の構築につながるのではないでしょうか。

私たちにできること

個人としての行動

「何かしたいけれど、何から始めればいいのかわからない」

そんな声をよく耳にします。

実は、私たちにできることは、意外と身近なところにあります。

例えば、電車やバスで車椅子の方を見かけたとき。

「手伝いましょうか?」と一声かけることから始められます。

ただし、ここで重要なのは、相手の意思を確認すること。

必要のない手助けは、かえって相手の自立を妨げることもあります。

また、日常生活の中で「バリア」に気づいたら、それを声に出していくことも大切です。

駅や施設の管理者に伝える、SNSで発信する、地域の会合で話題にする。

そうした小さな行動の積み重ねが、社会を変えていく力となります。

地域社会としての役割

地域社会には、より大きな可能性があります。

支援のネットワークを築き、さまざまな立場の人々が出会い、対話する場を作ることができるのです。

ある地域では、月に一度の「みんなの茶話会」を開催しています。

障がいのある方もない方も、高齢者も子どもも、誰もが参加できるこの場所で、少しずつ相互理解が深まっていきました。

「最初は戸惑いもありました。でも、回を重ねるうちに、自然な関係が生まれていきました」

主催者の一人は、そう振り返ります。

対話の場を増やすことは、偏見をなくし、相互理解を深める第一歩となるのです。

まとめ

私たちの社会に、完璧な支援体制は存在しません。

しかし、それは決して悲観的な事実ではありません。

むしろ、私たち一人一人が当事者として考え、行動する余地があるという証なのです。

15年以上の現場経験を通じて、私が最も強く感じているのは、支援の持つ可能性です。

それは単に「助ける・助けられる」という関係を超えて、社会全体をより豊かにしていく力を持っています。

今、あなたにできることは何でしょうか。

それは、隣人の声に耳を傾けること。
気づいたことを声に出すこと。
小さな一歩を踏み出すこと。

そんな一つ一つの行動が、確実に社会を変えていくのです。

障がい者支援は、決して「特別な誰か」のためのものではありません。

それは、私たち一人一人の、そして社会全体の未来を作っていく営みなのです。

あなたも、今日から始めてみませんか?

最終更新日 2025年4月15日 by kente